多文化主義/族群融合
2005年12月6日記<多文化主義/族群融合という政治スローガン>
2005年12月13日<アイデンティティの政治と、多文化主義>
2006年12月5日<たぶんか主義?>
台日地区研究総合ホーム|阿川亭ホーム
中華民国憲法日本語訳
2005年12月6日記
多文化主義/族群融合という政治スローガン
アファーマティブ・アクション、少数者優遇政策は、国民国家の内部に歴史的な周辺化が存在してきたことを認め、その結果としての経済格差、機会の格差などを是正しようという政策です。ということは、その国民国家の主流をなしてきた集団(中心となてきた集団)と、それ以外の(周辺化されてきた)集団というのがあるということを国として認めるということです。もう少し言えば、その国民国家の内部が一枚岩ではなく、さまざまな集団があり、それらの異なる集団がその国家を形成しているということを認めるということです。これ、当たり前に思えますが、例えば日本などではこの「集団」というのは専ら"同一民族内"の女性とか、障害者に限られてい� ��、アイヌもコリアンも、その中には入っていません。
いわゆる多民族国家を自認する国家―有名な例ではオーストラリアとかカナダですが、台湾も広義ではこの中に入ると思います―は、自らの国家が民族的に多様な集団によって構成されることを認め、多文化主義というものを打ち出しました。
カナダ―トルドー宣言
デビッド·ブリンクリー( jounalist )は、これまで大学に行きました
(前略)公式の言語が二つあることは事実だが、文化には公式のものは存在しないし、どの民族集団も他の民族集団に対し優位に立つことはない。市民個人の誰もが、また市民の集団のどれもがカナダ人であることに変わりなく、したがってあらゆるすべての人が平等に扱われるべきである。……二言語主義の枠内における多文化主義政策がカナダ人の文化的自由を保証する最も適切な方法であることに関しては、政府も同意見である。そのような政策こそ、差別的な態度や嫉妬を打破する助けとなるに違いない。国家的統合というものが深く個人的な感覚においてなんらかの意味をもつとするならば、それは各個人のアイデンティティーに対する安定感を基礎として築かれるべきであろう。……助けになるだろう。それは万人にとって公正な社会を建設する際の土台となりうる。(中略)……最後に強調しておきたいのは、二言語主義の枠内における多文化主義政策は、基本的には個人の選択の自由を尊重する政策だと政府が考えていることだ。われわれは自分自身でいることを自由に選べる。しかしこのことは成り行きに任せてできることではない。それは積極的に育まれ求められてこそ実現できる。もしもある集団にとって選択の自由が危機に瀕しているならば、それはすべての集団にとってそうなのだ。そのような危機を取り除き、選択の自由を保障することこそ、現政府の政策が意図することである。(強力な多文化主義はこうした原初的安定感を生み出す
非常に示唆的なのは、阿川が茶色でハイライトした部分。まず重要なのは<国家的統合>である、と。で、しかし、今まで(1971年まで)のカナダでは英語とフランス語を公用語として、イギリス渡来人とフランス渡来人という二大集団が中心にあり、それ以外の集団を周辺化してきた、と。だから、今、公用語(とそれから「公用」文化?)はそのままの中心的な位置を持たせたまま、周辺を積極的に「認知」していこう、というわけです。もう一つ、非常に示唆的なことは、<アイデンティティに対する安定感>という部分です。まあ、当たり前に響くだろうと思いますが、これは例えばイヌイット(カナダの先住民の一つ)に生まれた人は(この定義も実は単純ではないということはちょっと横に置いて)イヌイット集団の� ��員としてカナダ政府から認知される、ということ。言い方を変えると、イヌイットとして生まれた者は政府によってイヌイット集団に属すると決定されるということです。「国民」を、いくつかの(民族)集団に分けて、アイデンティティを与え(認知し)、国家というものをそれら集団の統合として運営していこう、という思想ですね。そこでは、認知された集団からはみ出す国民というのは基本的には存在しないことになります。集団的アイデンティティを与えられない人々・・・移民や難民の一部は、その意味ではカナダという国家の正式な成員ではない、ということも同時に意味されます。
同じサイトは、トルドー宣言の具体的な方針を四つにまとめています。
具体的な方針としては以下の4点が示された。・財源が許す限り、発展し続けたいという意欲と努力を示し、成長しカナダに貢献しうる能力を備え、明らかに援助の必要性があると認められる文化集団は、強力で組織化された集団であれ弱小な集団であれ、すべて支援される。
・あらゆるすべての文化集団の成員が文化的障害を克服し、カナダ社会に完全に参加できるよう支援する。
・国民統合を推進するために、カナダのあらゆるすべての文化集団の間で建設的な出会いと交流を促す。
・カナダ社会に完全に参加するために、移民がカナダの公用語の少なくとも一方を獲得できるよう支援する。大恐慌が終わったときカナダはここにきてやっと、「メルティング・ポット」的な発想を捨てて「文化的モザイク」を是とし、民族的文化的多様性を全くのプラスとして受け入れ、それを国家として統合していくことに意義を見出していくことになったのである。
(
第一点と第二点は、集団としてアイデンティティを認められた集団のみが支援される、という点です。第三点、第四点は、集団への支援は国民統合を目的とする、という点です。カナダで作られたこのような政治の形は、<集団的アイデンティティの政治>と呼ぶべきものです。こうした政治の内部では、集団的なアイデンティティを獲得できるかどうかで、政治的な力が大きく左右されます。同じことは、台湾でも(カナダの例に倣ったわけではないにしても)見られます。
台湾の例:憲法の中の原住民条項
台湾の憲法では、第13条基本国策の中の「辺境地区」条項、および修正第10条の原住民条項に、原住民を認め、保護することを謳っています。2000年に追加された(と思うのですが、しっかり調べていません―うろ覚え)修正第10条は、第13条基本国策で謳われた<辺境地区における各民族>の擁護を、より具体的に記述したものとされます。いわゆる四大族群の融合政策を支える重要な条項ですね。重要な部分を、太字にしてあります。
中華民国憲法追加修正条文第 十 条 国家は科学技術の発展および投資を奨励し、産業の水準向上を促進し、 農漁業の近代化を推進し、水資源の開発利用を重視し、国際間の経済協力を強化しなければならない。
A経済および科学技術の発展は、環境ならびに生態保護を同時に考慮しなければならない。
B国家は国民の経営する中小企業に対し、その生存と発展を扶助し保護しなければならない。
C国家は公営金融機構の管理において、企業化経営の原則に則らなければならない。その管理、人事、予算、決算及び監査は、法律をもって特にこれを規定することができる。
D国家は国民皆保険を推進し、近代および伝統的医薬の研究と発展を推進しなければならない。
E国家は婦人の尊厳を擁護し、その身体の安全を保障し、性差別を除去し、 両性の地位の実質的平等を促進しなければならない。
F国家は身体障害者の保険と医療、良好な環境の構築、教育訓練と 就業の指導および生活保護及び救助について、保障するとともにその自立と発展を扶助しなければならない。
G教育、科学、文化の経費特に国民教育の経費は優先的に編成し、憲法第百六十四条の制限を受けない。
H国家は多元的文化を認め、積極的に先住民族の言語と文化の発展を擁護する。
I国家は民族の願望によって、先住民族の地位および政治参加を保障し、 ならびにその教育、文化、交通、水利、衛生、医療、経済、土地および社会福祉に対し、 保障と扶助を行い、もってその発展を促進しなければならない。 その方途は法律をもってこれを定める。金門、馬祖の住民に対してもこれと同様とする。
J国家は、外国在留の国民の政治参加を保障しなければならない。
第十三章 基本国策第六節 辺境地区
第一六八条 国家は、辺境地区における各民族の地位に対して法的保障を与えなければならず、 且つその地方自治事業について特別の扶助を与えなければならない。
第一六九条 国家は、辺境地区における各民族の教育、文化、交通、水利、 衛生及びその他経済、社会事業に対して積極的に振興し、且つその発展を扶助しなければならない。土地の使用に対しては、 その気候、土壌の性質及び人民の生活習慣に適する方法に従って保障し、且つ発展させなければならない。
平和コープ物理的に何か
カナダのトルドー宣言との違いは、国民国家そのものが多民族の平等な政治的権利によって構成されるとは宣言していない点です。修正条項の記述も、基本国策の記述も、基本的には(漢人中心の)国家というものがまずあり、その中で先住民も擁護される、と述べています。
しかし、カナダの集団的アイデンティティの政治と非常に似たことは台湾でも起こっていますね。それは、例えば、原住民委員会の族群認定という制度です。セイダッカとして認定されるか、タロコとして認定されるか、といった争いが起きる原因は、集団的な(政治的)アイデンティティを与えられるか否かで、台湾という国の中での政治的な発言力が大きく違ってくることにあります。
第12番目の原住民族として認定されたいと、セイダ� �カの人たちは運動してきました。セイダッカの中には花蓮方面のタロコ、中央山脈から埔里方面のドーダ、タクタヤという三つの集団がありますが、霧社事件のときにもその対立が鮮明になったように、仲が良くない。でも、今の台湾で正名するために仲良くなってセイダッカとしてタイヤル族という日本人が作り出した集団から離脱しよう、そして政治的な権利を手に入れよう、という運動ですね。ところが、三つの集団の中で、特に戦後に力をつけてきたタロコが、ほかの二つの集団を無視して単独で名乗りを挙げ、原住民委員会に第12番目の族として認定されてしまった(2003年1月)。この事件はいろいろなことを教えてくれますが、その一つは、集団的なアイデンティティを獲得することが、今の台湾では非常に重要だと 思われていることです。独立した族として認定されない限り、政治的に声を持つことはできない―これは経済的にも不利です。タロコは、原住民族として認定されたので、自分たちの利害関心を台湾の政治の中の一つの声として出していくことができるようになった。ドーダ、タクタヤの人々は、大きなタイヤル族の中の(政治的なアイデンティティを持たない)小集団でしかないから、自分たちの利害関心をそのまま政治の舞台で発言する機会がないわけです。
しかし、さっきも言ったように、原住民族として認定されても、それは台湾政治の中で漢人グループと対等なパートナーではなく、あくまでも擁護されるべき少数民族としての認定です。
もう一つ、カナダの例と似ているのは、国家を構成する集団を国家が認定� �てアイデンティティを与えると同時に、すべての国民を、その認定された集団のいずれかに分類するという方式です。
アファーマティブ・アクションも、多文化主義も、人間を特定の集団に分類し、その集団に政治的アイデンティティを与えることです。これは確かに必要なことのように思われます。それらが存在しなかった時代―主流の集団が中心をなしてまわりを自由に周辺化した時代―に比べれば、大きな変化です。しかし、それはすぐには人々の対等な公共性への参加を保障しません。オーストラリアやカナダが多文化宣言をしているから、だからオーストラリアやカナダで、人々の対等な公共圏への参加が実現していると考えるのは飛躍が大きすぎます。これらの国家では、国民統合、国家を保持するために、マイノリティにも政治的なアイデンティティを与えるということ(リップサービスだという批判もあり ます)が必要だった、ということを意味するだけかもしれません。この点、もう少し検討が必要です。
2005年12月13日付記
アイデンティティの政治と、多文化主義
人間を文化単位、文化ユニット(cultural units)あるいは民族単位、民族ユニット(ethnicity units)に分け、相応のアイデンティティを持たせることによって、国民国家的統合を作ること・・・・それぞれの単位、ユニットに政治的なアイデンティティを与えて集団的な声を持たせることによって、すべての国民の声が国家の政治に反映されているという形を作ること、それが多文化主義の政治的な意味だと思います。
文化ユニット、民族ユニットからはみ出す人(例えば、原住民の出自を持つけれど、自分を原住民集団の一部とはせず、原住民と名乗らず、その権利も主張しない人)がいても、それは自分の権利を放棄するということだから、国家はその人が集団的声から除外されても、責任を負う必要はないわけです。
また、原住民の中で、例えばタイヤル族の中のセイダッカ族など、集団的なアイデンティティを� �められていない集団は、がんばって認めてもらうまではタイヤル族という集団的な声の一部として我慢しなさい、ということになる。いつかは自分たちも政治的なアイデンティティを持てるかもしれない、という希望が、セイダッカの人々を国民国家への過激な不満や、そこからの離脱を考えることから押し留めている。サオ族は、人数が少ないにも関わらず、10番目の原住民の認定を受けました=政治的なアイデンティティを獲得しました。一体そこには、どのような政治が作用したのでしょうか。政治的なアイデンティティを持つためには、それなりのパワーが必要ですから、何年たってもセイダッカ族という単位では政治的なアイデンティティは持てない可能性もあります。
このように、台湾では、今まで周 辺化されてきた原住民集団が、国民国家統合という緊急の課題の下に、排除から一転して、アイデンティティの政治というシステムを通して一定の政治的な声を持つようになってきているわけですが、それは悪い面も少なくない。つまり、周辺化されてきた集団の中のエリートを、国民国家がその中央の政治の内部に取り込むことによって、その集団が造反や離脱をせずに、国民国家の中に統合されるように仕組んでいくことができる、という面です。
いい面を見れば、それまで排除の対象であった集団が、国民国家という大きな権力組織の内部に、どのような形にせよ声を持つことができるようになった、と言えます。
原住民の立場から考えると、自分たちの知らないところで勝手に作られた中華民国という国家の内部で� �その国家を構成する集団の一つとして認定され、政治的な声を持つことは、自分たちを積極的に中華民国の一員として位置づけることになりますね。しかし、彼らにとって選択肢はたくさんあるわけではないです。いずれかの大権力=国家の下に自分たちの声を出していかざるを得ないとしたら、それは中華民国でしかあり得ないわけですから。
2006年12月5日
多文化主義?
いろいろな文化を大事にするよ・・・そう言うことは、何か、とても優しい感じで、いいことのように思えますね。例えば台湾も「多文化主義」を標榜する国家の一つです―具体的な言い方としては〈族群融合〉を謳っている。で、じゃあ、例えば中華民国憲法では、そのことはどのように書かれているかというと、2000年の追加修正条文の10条に、
H国家は多元的文化を認め、積極的に先住民族の言語と文化の発展を擁護する。
I国家は民族の願望によって、先住民族の地位および政治参加を保障し、 ならびにその教育、文化、交通、水利、衛生、医療、経済、土地および社会福祉に対し、 保障と扶助を行い、もってその発展を促進しなければならない。 その方途は法律をもってこれを定める。金門、馬祖の住民に対してもこれと同様とする。
と書かれている。この「多元的文化を認め」というところが、通常、多文化主義と解釈される部分ですが、ここで言及されているのは「先住民の言語と文化」だけですね。いわゆる〈四大族群〉―閔南人、客家人、外省人、原住民―のうち、憲法で直接に言及があるのは原住民だけですね。残りの三族は、原住民を大切にする主体=漢人としてとらえられている、とも言えそうです。つまり、漢人がこの憲法での主体者であり、原住民は「大事にされる」客体として描かれている、と。ここが、台湾の多文化主義の特徴と言えるかもしれません。
有名なカナダの多文化主義も、オーストラリアのそれも、それぞれ特徴を持っていると思います。言葉の単純� �意味において「多くの文化が対等に共存する」ということは、実は、国家の統合とは相容れないのではないか・・・そんなことも考えなくてはならないと思います。国家という(高みに立った)統合の原理がある限りにおいての、多文化の共存。それじゃあ、国家というものは文化的に無色透明なものであり、中立的なものでなくてはいけないわけだけど、果たしてそのようなことが可能なのか?・・・そんなことは不可能だ、と思いますね。例えば日本で言えば国家統合の原理は天皇制であり、天皇制を支えるのは「文化的に無色/中立な思想」ではあり得ない、と。じゃあ、オーストラリアやカナダにおいて、国家統合を支えるのは何か?台湾においては何か?
また、そうした国家統合原理を至高のものとしたときに「多文化� �義」は周辺化への抵抗としてではなく、逆に、抑圧的に働くというのは、どのような意味においてか?
台日地区研究総合ホーム|阿川亭ホーム
0 コメント:
コメントを投稿